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  • 執筆者の写真chikako

出来っこないを超える


こんなことをやっていて

なんの意味があるのだろう

そう思いながら


臨床心理士指定大学院を

目指すことを

あきらめそうになったとき


知り合いの先生に

偶然、出会い


最近何やってる?と聞かれて

大学院目指すのあきらめようかと考えてました。

どう考えても無理ですから、

と話したら、


何言ってんの?

これまで、情熱をかけて

やってきたじゃない。


未来 あなたに

助けられる子供たちを

あなたが、あきらめたら

見捨てるということになるのよ

と言われて


きょとん としたことを

覚えています。


まだ、会ってもいない子ども達のことなんて

考えてもみないことだったからです。


今までこうだったから

今こんなに大変だから

出来るわけないし

今稼がないと、


出来っこないの発想からは

考えもつかない未来でした、


その未来が私にあるなら

きっと拓くだろうと

捨てそうになった夢をひろいました。


そしたら

腐ってる暇がないことがわかりました。


あのとき

偶然、あの先生に出会い

声をかけて頂かなかったら

今の私は ありません。


出来っこないって考えは

限界感に浸らせてくれる呪文でした。


出来っこないを超えるって

その世界を生きてる自分には

全く想像できない世界にあるものだから

奇跡なのかもしれない


人は、

体験によって生き方を学んでいきます。


この世の中を変えていく奇跡を起こしていくのは、

私たちの一言、ちょっとした行動から始まるのかもしれない。


https://www.facebook.com/SlowMedicineLiving/videos/494076214021865?sfns=mo



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