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執筆者の写真chikako

説教は糠に釘。

親のしつけという名の虐待死の記事

教師による体罰。暴言による懲戒処分の記事やをよく目にします。


「どうして?」「おかしいんじゃない!」、

リビングで新聞を開いて冷静に記事を読んでいる人には

常軌を逸した教師の姿が思い浮かぶのではないでしょうか。


けれど

当たり前のことが、

当たり前にわからない子どもたち


当たり前のことを言っても

理解できない子どもたちがいます。


教師は、教えようとして

必死に言葉を尽くして伝えようとしますが伝わらない。

そんなことが学校では頻発しています。


思うようにいかない。伝わらない。

自分の能力では、対処できていない。

どうして!

なんで!

その焦りが、怒りの種を生み出し続けます。


けれど

伝わっていないことを理解して

やり方を変えない限り

残念ですが、

子どもに対する指導(説教)は、親や教師の自己満足で完結してしまいます。


なぜ、言葉を尽くして伝わらないのか、

それは、それを受け取る認知が十分に育っていないからではないかと私は思います。


子どもの目線に立って話をするという言葉をよく聞きますが、

本当のところ、子どもの目線はなかなかつかめないのが現実です。


関わっている私たち大人でも発達障害を持っている方もおられ、

同じように世界の情報をキャッチしているわけではないように


情緒および、脳の認知機能の発達が途上の子どもたちに、

大人と同じような感覚で、

大人が言っていることを理解しなさいというのは本当に難しいことなのです。


身体の定型発達を見てみると、

世界からの状況をキャッチする重要な感覚器官に視覚と聴覚があります。


五感の中で8割を担うと言われる視覚は、

2歳ごろまでに解剖学的基礎が完成し、3歳で6割、5歳で8割以上です。


さらに、注目したいのは、

視覚は、いわゆる視力検査でどこに穴が開いているかを聞かれる見える力ではなく、

見る、判断する、行動するまでの一連の機能になっていることです。


聴覚は、2歳ごろまでに解剖学的基礎が完成するが、

5~6歳で急速に機能発達して成人レベルになるそうです。


私自身、様々な臨床の現場に出ていますが、

生活スタイルの変化や厳しい成育歴の中で

育つべき感覚が育ち切れていないことに本当に驚いています。


さらに、発達は身体だけではなく、

心、情緒の発達も人間として成熟していくためには重要な要素です。


頭では十分わかっているつもりでも

自分の心をつかめない子どもは

人の心を理解することはさらに難しいことです。


これだから

学校現場で、家庭で

トラブルが頻発しているのだと納得がいきました。


ゆえに、

私たち大人の言い分を一方的に伝えようとする説教をしても

受け取る子どもに

状況をつかみ取る力、聞き取る力、情緒的な理解力が発達途上の場合、

暖簾に腕押し、

糠に釘。


叱られている子どもは

大人は、自分を否定し、わかってくれないと受け取り、

心を閉ざしてしまいます。


こちら側の意図は全く伝わらないどころか、

失敗に対し、説教を繰り返すことで、事態はさらにエスカレートしていきます。

まさに負の連鎖を止められなくなるのです。


ゆえに

まず、関わる大人が冷静になり、

子どもたちの心身の発達のつまづきが

どこから始まっているのか。

認知機能の何に問題があるのかを

アセスメントすることがとても大切であると思います。



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